オリンピック レスリング 須崎優衣 金メダル 女子50キロ級
東京オリンピック、レスリング女子50キロ級で初出場の須崎優衣選手が金メダルを獲得しました。
日本選手団の旗手 一気に世界の頂点に

開会式で日本選手団の旗手の大役を務め一躍、知名度が上がった須崎優衣選手は、圧倒的な強さで金メダルを獲得しました。
中学2年生から高校までJOCエリートアカデミーで練習を重ねていく中で「非常に模範的な生徒だった」というのが旗手に選ばれた理由の1つだったといいます。
須崎選手はまさに「模範的」に練習熱心で礼儀正しく、明るく元気に、そして一途にオリンピックを目指してきました。4年前、まだ高校生だった須崎選手は練習中、コーチにアドバイスを受けるたびにホワイトボードにメモをして、携帯電話の写真に納めている姿が何度も見られました。
「せっかく聞いたアドバイスを忘れたくないから」
コーチのことばや自分の気づきを毎日、記録して見返し、どんどん技を吸収して強くなっていきました。高校3年生だった2017年の世界選手権では伊調馨選手以来となる高校生での優勝を果たすと、2018年には2連覇を達成し、海外選手にはオリンピックまでに66連勝中と負け知らずです。
中学・高校のころから圧倒的なスピードが生み出す高速タックルで勝ち進んできましたが、大学に進学してからは力の強い男子との練習にも取り組み、組み手や寝技などの技術が飛躍的に向上しました。
中学2年生から高校までJOCエリートアカデミーで練習を重ねていく中で「非常に模範的な生徒だった」というのが旗手に選ばれた理由の1つだったといいます。
須崎選手はまさに「模範的」に練習熱心で礼儀正しく、明るく元気に、そして一途にオリンピックを目指してきました。4年前、まだ高校生だった須崎選手は練習中、コーチにアドバイスを受けるたびにホワイトボードにメモをして、携帯電話の写真に納めている姿が何度も見られました。
「せっかく聞いたアドバイスを忘れたくないから」
コーチのことばや自分の気づきを毎日、記録して見返し、どんどん技を吸収して強くなっていきました。高校3年生だった2017年の世界選手権では伊調馨選手以来となる高校生での優勝を果たすと、2018年には2連覇を達成し、海外選手にはオリンピックまでに66連勝中と負け知らずです。
中学・高校のころから圧倒的なスピードが生み出す高速タックルで勝ち進んできましたが、大学に進学してからは力の強い男子との練習にも取り組み、組み手や寝技などの技術が飛躍的に向上しました。

ほかのスポーツからも動きをどん欲に取り入れました。スポーツクライミングで指の力を鍛えたり、より低く構えるためスピードスケートの姿勢を参考にしたりもしました。
そして最大の強さの要因は「負けず嫌いであること」かもしれません。須崎選手は中学以降のおよそ10年間の試合でたった3回しか負けていませんが、負けるたび悔しさをバネに成長してきました。2015年の全日本選手権の決勝で初めての敗戦を経験した際、「2位の表彰状」を天井に貼って毎晩、寝る前に悔しい気持ちを呼び起こし、さらなる練習に励みました。
おととし、国内で行われた世界選手権の代表決定戦で敗れたときは、東京オリンピックの可能性が絶望的と言えるほど厳しくなりました。それでも「0.1%でも可能性があるなら諦めたくない」と練習を続けて代表をつかみ取り、苦しい状況からはい上がる強さも身につけました。
そして初出場のオリンピック。須崎選手はタックル、組み手、寝技と練習の成果をすべて発揮し、圧倒的な強さで金メダルを獲得しました。
強くまっすぐな精神力と、たゆまぬ向上心でどこまで強くなっていくのか。オリンピックの金メダルは須崎選手にとって通過点の1つにすぎないのかもしれません。
そして最大の強さの要因は「負けず嫌いであること」かもしれません。須崎選手は中学以降のおよそ10年間の試合でたった3回しか負けていませんが、負けるたび悔しさをバネに成長してきました。2015年の全日本選手権の決勝で初めての敗戦を経験した際、「2位の表彰状」を天井に貼って毎晩、寝る前に悔しい気持ちを呼び起こし、さらなる練習に励みました。
おととし、国内で行われた世界選手権の代表決定戦で敗れたときは、東京オリンピックの可能性が絶望的と言えるほど厳しくなりました。それでも「0.1%でも可能性があるなら諦めたくない」と練習を続けて代表をつかみ取り、苦しい状況からはい上がる強さも身につけました。
そして初出場のオリンピック。須崎選手はタックル、組み手、寝技と練習の成果をすべて発揮し、圧倒的な強さで金メダルを獲得しました。
強くまっすぐな精神力と、たゆまぬ向上心でどこまで強くなっていくのか。オリンピックの金メダルは須崎選手にとって通過点の1つにすぎないのかもしれません。





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